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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12584号 判決 1985年3月26日

原告 石丸健太郎

右訴訟代理人弁護士 増岡正三郎

同 青田容

被告 大日本印刷株式会社

右代表者代表取締役 北島義俊

右訴訟代理人弁護士 柳田幸男

同 野村晋右

同 熊谷光喜

柳田幸男訴訟復代理人弁護士 山口三恵子

同 野島親邦

被告補助参加人 瀬川雅子

右訴訟代理人弁護士 増田次則

主文

一  被告は原告に対し別紙株券目録記載の被告の株式について原告名義に名義書換手続をせよ。

二  訴訟費用のうち参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求の原因)

原告は、別紙株券目録記載の株券(以下「本件株券」という。)を所持している。

よって、原告は被告に対し、株主権に基づき、別紙株券目録記載の被告の株式を原告名義とする名義書換手続を求める。

二  被告(請求の原因に対する認否)

不知。

三  被告(仮定抗弁)

1  本件株券の最終名義人である補助参加人(旧姓矢野)は、本件株券につき、その無効宣言を目的とする公示催告手続(新宿簡易裁判所昭和五三年(ヘ)第六号、以下「本件公示催告手続」という。)を申し立てた。

2  新宿簡易裁判所は、昭和五三年一一月二日、本件公示催告手続事件につき除権判決(以下「本件除権判決」という。)と言い渡し、本件株券の無効を宣言した。

よって、原告の主張は棄却されるべきである。

四  原告(仮定抗弁に対する認否)

認める。

五  原告(再抗弁)

1  訴外株式会社小林洋行(以下「訴外会社」という。)は、昭和五三年九月一日、本件公示催告手続につき、権利の届出をなし、本件株券を提出した。

2  右の権利届出の理由は、大要次のとおりである。

届出人は、東京穀物取引所の商品取引員であるが、東京都江戸川区《番地省略》、一荘内訴外鈴木操より、昭和五三年六月六日右商品市場における売買取引の委託を受けるにあたり、受託契約準則第七条に基づく義務として、右鈴木操より右売買取引の受託についての担保とするため、委託証拠金として、同年同月七日補助参加人主張の本件株券を取得した。

3  本件除権判決は、訴外会社の右権利を留保してなされたものである。

4  訴外会社は、昭和五六年一〇月、訴外鈴木操から、前記受託契約準則第二四条第三項、第四項による質権設定契約及び流質契約に基づき、質権の実行(流質)を行い、本件株券を取得した。

5  原告は、昭和五六年一〇月一六日、訴外会社から別紙株券目録記載の株式を買い受けた。

六  被告(再抗弁に対する認否及び反論)

1  第1ないし第3項の事実は認め、その余の事実は不知。

2  法律上の主張

(一) 留保付除権判決とは、権利届出人との関係を留保し、その余の届出をしなかった不特定の利害関係人との関係では通常の除権判決であるものをいう。本件においては権利届出人は訴外会社であり、原告は不特定の利害関係人の一人にすぎない。したがって、原告との関係においては本件株券は無効であり、原告は本件株券につき権利を取得していない。

(二) 訴外会社は、権利届出時は本件株券の単なる受託者であったにすぎず、本件除権判決後、受託契約準則第二四条第三項に従い、代物弁済により訴外鈴木操から別紙株券目録記載の株式を取得したものと推測されるが、そうだとすれば、訴外鈴木操の有していた権利以上の権利を取得することはありえず、また原告は訴外会社から別紙株券目録記載の株式を取得したと主張するのであるから、訴外鈴木操及び訴外会社の有していた以上の権利を取得することはありえない。ところで、訴外鈴木操は権利届出人ではないから、本件除権判決により本件株券が無効に帰したのであり、無権利者である。したがって、原告は無権利者である。

(三) 留保付除権判決は、留保部分については、その解決を通常訴訟の結果にゆだねるものであり、したがって、中止決定の場合と同じく、その解決は申立人と権利届出人との間の本案訴訟によって決せられることになる。

ところで、中止決定後の善意取得者を含めた株券の取得者は、既に譲渡人が権利届出済であっても、自ら権利の届出をして自己の権利の保全措置を講じなかった場合には、除権判決によって権利を失うものと解するのが有力である(東京高判昭四九・七・一九)。ところが、留保付除権判決後はもはや権利の届出をするみちはない以上、権利届出人から譲り受けた者はその自らの権利の保全をすることはできない。したがって、原告を権利届出人と同視して、別紙株券目録記載の株式に対する権利を認めることはできないのである。

以上のように解しても、原告に著しい不利益を与えるものではない。原告には通常訴訟により自らの権利を確認するみちが残されており、またこのみちこそが除権判決申立人、権利届出人、権利取得者及び債務者間の錯綜した法律関係をすっきりと解決する目的にかなうものである。右救済手段がある以上、自らの権利の上に眠るものである原告が法的保護を受けられなくともやむをえないというべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告が本件株券を所持している事実は、原告本人尋問の結果及び原告訴訟代理人が、本件株券を甲第三号証及び甲第四号証として提出した事実によってこれを認めることができる。

二  本件株券の最終名義人である補助参加人(旧姓矢野)が本件株券につきその無効宣言を目的とする本件公示催告手続を申し立てたこと、新宿簡易裁判所が、昭和五三年一一月二日本件公示催告手続につき本件除権判決を言い渡し本件株券の無効を宣言したことは当事者間に争いがない。

三  また、訴外会社が昭和五三年九月一日本件公示催告手続につき権利の届出をなし本件株券を提出したこと、その権利届出の理由が「届出人は、東京穀物取引所の商品取引員であるが、東京都江戸川区《番地省略》、一荘内訴外鈴木操より、昭和五三年六月六日右商品市場における売買取引の委託を受けるにあたり、受託契約準則第七条に基づく義務として、右鈴木操より右売買取引の受託についての担保とするため、委託証拠金として、同年同月七日補助参加人主張の本件株券を取得した。」というものであったこと、本件除権判決が訴外会社の右権利を留保してなされたものであることも当事者間に争いがない。

四  ところで、除権判決においては、証書の無効が宣言される。この結果、その証券が真実は存在していても、その所持人はもはや権利者と推定されることはなく、したがって、証券を呈示しても権利を行使することはできず、債務者も証券の所持人に仮りに善意で権利の行使を認めても免責を受けることはないし、また、第三者が失効した証券を譲り受けても化体していた権利を善意取得することもなくなるし(除権判決の消極的効力)、他面において、権利者は証券を所持していなくても証券を所持するのと同様に義務者に対し権利を行使することができることとなる(除権判決の積極的効力)。そして、留保付除権判決とは、公示催告手続に応じて権利の届出があり、当該公示催告期日の審理において公示催告手続申立人が届出権利を否定した場合になされる判決であって、届出人の権利を留保し、届出をしない不特定の利害関係人との関係では通常の除権判決であるものをいう。したがって、権利届出人の届出権利については、除権判決の消極、積極の両効力は未だ発生しておらず、権利届出人は、除権判決の影響を受けることなく届出権利を行使することができるものといわなければならない。もっとも、権利届出人の権利届出により届け出られた権利が真実存在することになるわけではないから、公示催告手続申立人は、届出権利の存否についてこれを争うことができることは当然であり、権利届出人に対し、通常訴訟によってその権利の不存在の確認を訴求することもできるし、通常訴訟確定までの間、保全処分により届出権利の行使を阻止することも可能である。

五  そこで、本件につき、権利届出人たる訴外会社がどのような権利を届け出たかを検討する。

訴外会社の権利届出の理由が「届出人は、東京穀物取引所の商品取引員であるが、東京都江戸川区《番地省略》、一荘内訴外鈴木操より、昭和五三年六月六日右商品市場における売買取引の委託を受けるにあたり、受託契約準則第七条に基づく義務として、右鈴木操より右売買取引の受託についての担保とするため、委託証拠金として、同年同月七日補助参加人主張の本件株券を取得した。」というものであったことは前記認定のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、東京穀物商品取引所受託契約準則の第七条には「商品取引員は、売買取引の受託について、受託者から担保として次に掲げる委託証拠金を徴収しなければならない。(以下略)」との、第一〇条には「委託証拠金は、市場性のある有価証券または(中略)をもって充用することができる。」との、第二四条には「商品取引員が、本所における売買取引について、委託者から預託を受けまたは、当該委託者の計算において自己が占有する委託証拠金、計算金、その他の金銭または物件は、委託によって生ずる当該委託者の本所における売買取引に係る債務に対し共通の担保とする。商品取引員は、委託を受けた売買取引に係る債務につき委託者からその弁済を受けるまでは、(中略)前項の金銭または物件を留保することができる。商品取引員は、委託者が商品取引員の指定した日から起算して十営業日以内に債務を弁済しないときは、前項の規定により留保された当該金銭または物件をもって当該債務の弁済に充当することができる。(以下略)」との各記載があることが認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

訴外会社の権利届出の「届出理由」を右受託契約準則第七条、第一〇条、第二四条の各記載に照らして、検討すれば、訴外会社は委託者たる訴外鈴木操から委託証拠金充用有価証券として本件株券を取得したというのであるから、訴外会社の届出権利は根質権であると解するのが相当である(最三決昭41・9・6)。したがって、「訴外会社は、権利届出時は本件株券の単なる受託者であった」ことを前提とする被告の法律上の主張(二)は、その前提を欠き失当である。

六  訴外会社は、権利届出人として本件除権判決の影響を受けることなく根質権者としての権利を行使しえるわけであるが、権利届出人の一般承継人・特定承継人はもとより届出権利の実行により権利を取得した者及びその一般承継人・特定承継人もまた除権判決の影響を受けることはないものと解すべきである。けだし、そのように解さなければ、権利届出人の権利行使を否定したのと同一の結果となるからである。このように解しても、公示催告手続申立人としては、権利届出人を相手方として処分禁止・担保権実行禁止の仮処分を求めうるのであるから、いたずらに公示催告手続申立人に不利益を課するものとはいえない。

ところで、訴外会社が、本件除権判決後、東京穀物取引所受託契約準則第二四条に基づき、本件株券の取得者となったことは、弁論の全趣旨〔被告は、その主張の中で「訴外会社は、除権判決後、受託契約準則第二四条三項に従い代物弁済により訴外鈴木操から本件株式を取得したものと推測されるが、」と述べている。〕によってこれを認めることができ、他に右認定を妨げる証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、原告は昭和五六年一〇月一六日訴外会社から本件株券を一株六七六円で買い受けたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

そうとすれば、原告は、訴外会社という権利届出人の根質権実行により権利を取得した者の特定承継人として本件株券を新たに取得したものであるから、本件除権判決による影響を受けずに権利行使をすることができるものということができる。したがって、原告は、本件株券の株主権に基づき、本件株券の発行会社である被告に対し、本件株券につき原告への名義書換を求めることができるものといわなければならない。

なお、権利届出人以外のすべての者について、その例外を考慮することなく本件除権判決の効力が及ぶことを前提とする被告の法律上の主張(一)は、以上の次第でこれを採用することはできない。

また、被告の法律上の主張(三)は、公示催告手続において何らの権利届出もなされなかった場合の事例に関する判決例を引用するものであり、本件の場合と事案を異にするものであるうえ、前述の見解に反するものであるので、これまた採用することはできない。

七  以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 末永進)

<以下省略>

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